From the West to the East.〜maztoya's blog〜松任谷愛介日々彼是。

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    | - | - | - | posted by スポンサードリンク
    謝罪 00:08
    0


      謝罪

      ・・・とは、さぞや惹き付けられるタイトルに違いない。別にここで謝るつもりはありません。日本の奇妙な現象をマジで不思議に感じるので、ブログに書き記したいだけである。

      いま日本で流行っている「謝罪」。90度(またはそれ以上)曲げて「誠に申し訳ございませんでした」というやつである。謝罪会見には欠かすことのできないアイテム。政治家も芸能人も、はたまた失敗した企業の社長さんも、メディアを前にして同じことをやって謝罪するのは、不思議を通り越して滑稽に感じる。現代版「土下座」ということなのだろうか。

      数年前のロンドンでの出来事が忘れられない。

      名古屋に本社をおく某自動車メーカーの日本から来る200人の豪華レセプションのプロデュースを依頼された。潤沢な予算を使って、自然史博物館の大恐竜の骨の前に円卓を組み、司会は庄野真代さん、アトラクションにはダブリンからリバーダンスとケルトグループを呼んで、華やかなショーを企画プロデュースした。メーカーの秒単位の厳しい注文のなか、食事は英国王室御用達のナンバー1ケータリング会社を使って、メインのアンガス牛のサーロインステーキトルネード風を中心に、最上級の料理を作ってもらうことにした。

      事件は自然史博物館のバックヤードで起きた。

      仮設の厨房で、あろうことか王室御用達のケータラーがステーキ肉を地べたに落としてしまったのだ。少なくともそんな内容の釈明を後から聞いた。肉が1枚足りなくなった。その場のとっさの判断、これが英国らしいのだが、一番優しそうなお客様のそばに行き、肉が足りなくなったのでナスで我慢してほしいと頼んだという。そのことが自動車会社に伝わり、それはそれは大変なことになった。

      アトラクションの内容も構成も、秒数も満足の行くできであったが、ステーキ肉1枚に泣いた。

      主催者と間に立った旅行代理店から大目玉を喰い、翌早朝にホテルに出向いて、バスに乗り込むご一行様全員に頭を下げまくることとなった。旅行代理店はこれでも不十分と判断して、僕に名古屋に飛んで直接謝罪するよう迫った。ケータリングの失点を除けばプラスだったはずだし、日本流減点主義にはどうも納得いかないし、僕にもプライドがあるし、初めは断固として名古屋行きを拒絶していたが、経理の人から「松任谷さん、頭を下げればお金が振り込まれるんですから、行ってくださいよ」と説得され、いやいや名古屋に向かったのである。

      そして担当の課長に直接謝罪。深々と下げた頭の中で考えていたことは、心からの謝罪であったはずはなく、この謝罪でいくらお金が戻ってくるかであった。

      真摯に謝罪されている方々を同類扱いにするつもりはないが、謝罪とは「落とし前」をつけることであり、一種のセレモニーだと感じるのである。そしてそのセレモニーなしでは終われないギャラリーがテレビやyou tubeの前にいる。本当に心から謝りたかったら、相手の目を見て、自分の言葉で気持ちを伝えることでしょう。

      それにしても最近の謝罪は少し行き過ぎていないか?

      相手が潰れるところまで見届ける悪意を感じることがある。出たクギの最後のひと叩きをして、相手を再起不能な状態に追い込むようなやり方は好かない。

      英国人だったら「そこまでして謝る必要はありません。アナタにも未来がある。もう忘れましょう」と言ってシェークハンドするのではないだろうか? 日本もオトナの社会にならなければいけない。


      | クロスカルチャー | comments(0) | - | posted by maztoya
      クリスマスクラッカーの謎(下) 16:44
      0



        (前号からの続き)

        謎だらけのクリスマスクラッカー


        クラッカーといっても季節の食べ物ではない。これは英国で160年に渡り親しまれている伝統的なクリスマスグッズである。

        全長30センチほどのキャンディーのお化けみたいなクラッカーは、その両端を隣の人としっかり握って、「せーの!」で勢いよく引っ張ると、独特の小気味のよい破裂音を発しながら中心部が破け、中から紙製の王冠、小さなプレゼント、そしてジョークが書かれた紙切れの3点セットが飛び出す。

        150年前、英国のケーキ職人トムスミス氏が、パチパチ燃える暖炉の火を見ながらケーキの販促品として考案したのがきっかけ。これが英国で瞬く間にブームとなり、以来クリスマスクラッカーを引っ張る習慣は英国クリスマスには無くてはならぬものとして代々受け継がれ、子供から大人までこよなく愛され続けることになる。

        12月に入ると英国では、デパート、スーパーから雑貨屋まで街中の店にクリスマスクラッカーが一斉に並ぶ。カラフルな箱が山積みとなってクリスマスデコレーションの演出に一躍買う事になる。そして待ちに待ったクリスマスパーティー。家族や親類を集めたクリスマス、会社の同僚たちのクリスマス・・・場面はさまざまだが、たいていの場合、ディナーパーティーは大きなテーブルに男女交互に座るようにアレンジされ、そこに無くてはならないのがクリスマスクラッカーなのだ。

        こんな人気商品が英国好きの日本人にほとんど知られていないのはなぜなのだろう? 調べてみたら面白いことが分った。厳しい日本の火薬法の関係で外国産の火薬入りクラッカーは輸入できないのだ。爆発物だから飛行機に乗せてお土産で運ぶことも出来ないという。なるほど面白グッズ大好きな日本人の目に留まらなかった訳だ。

        日本未進出のクラッカーだが、なんと大正11年に、しかも当時の英国皇太子エドワード・アルバート殿下によって日本上陸を果たしていた! 

        エドワード殿下といえば屈指のプレイボーイ、国王となったものの米国人女性(しかも既婚)と恋仲になり1年足らず王位を投げ出した男として有名。その殿下の日本滞在は、大正11年4月12日から5月9日までで、英国側の資料によると、渡日にあたって、当時の皇太子殿下(後の昭和天皇)へのご献上品リストの中に、クラッカーが入っていた。英国王室御用達クラッカー会社、トムスミス社による特製品で、極彩色クラッカー4本セット。日の丸の旗と巻物を持った古風な女性と蝶々が交互にクラッカーの上に鎮座しているというエキゾチックな、それでいて見る人の笑みを誘うデザイン。箱の裏面には「クラッカーの中には日本の人形、扇子、日傘、骨とう品の玩具、紙の帽子、そして日本のジョーク(英訳付き)が入っている」とある。

        ところがどういう訳か、当時の日本側の献納品リストにはこのチャーミングなクラッカーの記録が見当たらない。いったいどこへ消えてしまったのだろう。

        考えられるのは、日本側でクラッカーごときのジャンクは「とるに足らぬもの」として、あえて記録に残さなかったのか、あるいは日本に到着されたエドワード殿下が、クラッカーの上の「マダムバタフライ」の世界と現実の日本のあまりのギャップに気付いて、渡しそびれてしまったのか。事実は霧の中である。

        なぜ裕仁親王の手元に届かなかったのかと興味を持った頃、ロンドンの日本大使館筋から意外な情報が入ってきた。なんとエドワード殿下主催の晩餐会の前日、4月16日の午後に、宿泊先の帝国ホテルで出火があり、殿下の随員、従者の荷物の大半が焼失してしまったというのである。クラッカーはもしかするとその目的を達成する前に、遠い異国の地でパチパチと灰になってしまったのではなかろうか?

        洒落たセンスの持ち主エドワード殿下のこと、翌日の晩餐会では宴もたけなわになった頃を見計らって、懐からおもむろに特性クラッカーを取り出して、裕仁親王と両端を引っ張り合ってクラッカー遊びに興じ、中から出てくるユーモアたっぷりの品々を小さな贈り物とする予定だったのではないだろうか。もしそうだったならば、炎にのみ込まれてしまったクラッカーのことを、殿下はさぞお悔やみになったことだろう。

        この英国伝統のクラッカー、火事で焼かれてしまった品の他に2個、レプリカが存在している。ひとつはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で、もう一つが実は僕の目の前にある。15年ほど前、今は消滅してしまったトムスミス社の故ディグビー会長が、いつの日か日本の土を踏ませてほしいと僕に託したものだ。そのうちご子息にお返ししなければならないと、そのタイミングを待っているところだ。

        何はともあれもう直きクリスマス。24日の夕方から25日いっぱいは殆どの地下鉄の駅が閉鎖され、商店もそうそうに店終いして買い物も出来なくなる。飛行機の本数も減ってしまう。そして翌26日はボクシングデイでやはり休日だ。前日まで手紙やプレゼントを運んでくれた郵便屋さんへのお礼の休みだという。不便? 初めての年は戸惑ったが慣れれば何という事はない。古くからの習慣を守り続ける英国は、暗い冬でも居心地がいい。

        僕も仕事納めして、正月まで長〜い休みに入るのだ。


        (本稿は月刊ナイル寄稿文に加筆修正したものです)



        | クロスカルチャー | comments(0) | - | posted by maztoya
        クリスマスクラッカーの謎(上) 16:44
        0
          英国、冬の風物詩

          10月最終の土曜から日曜に変わるとき、夏時間から冬時間に変わる。時計を1時間先に進めなければならない。日没の時間がこの日を境に5時半から4時半になる。いよいよ憂鬱な季節の到来である。ノイローゼで自殺する人が急増するらしい。こんな暗くて寒い英国で生きていくための知恵なのか、この時期、宗教的なイベントが相次いで行われる。

          ハロウィンは10月最終週。スーパーでは大きなかぼちゃや仮装コスチュームが並ぶが、どうも英国のハロウィンは地味で盛り上がりに欠ける。たまに近所で子供達が悪魔や魔女に変身して「トリック・オア・トリート?」と、お菓子を貰いに家庭を回る姿を見かけるものの、そこは保守的な英国人家庭で育った子供たちのこと、決してアメリカ人の子供のように快活に遊びきれないで、親の目の届く範囲で遠慮がちにハロウィンを楽しむ。英国政府も、知らない家には行かないこととか、貰ったお菓子は親に確認してもらうことなどと警告を出している。米国流の派手なハロウィンは英国には馴染みそうもない。

          11月5日はガイフォークスデイ。むしろ英国人はこちらにフィーバーする。ガイフォークスという人物の国王暗殺の企てが失敗したことを祝う日。日本では打ち上げ花火は夏の風物詩だが此処では冬の特権。ワーグナーやエルガーの吹奏曲の生演奏に合わせて、これでもかと云う程の花火が、各公園やテムズ川沿いで打ち上げられる。日本の花火のような綺麗さはないが、火の粉が頭上に落ちてくるほどの近さで見ることが出来るのがいい。首の悪い人は要注意である。ヒースローに入るパイロット達もまた大変だろう。

          さて、それが終わると街はいっせいにクリスマスの飾り付けとなる。中でもリージェント通りのイルミネーションは必見。毎年有名アーティストがスイッチを入れるのが慣習となっている。パブやガソリンスタンドにはモミの木が山積みとなり、皆、車で買い付けにきて、家の表通りから一番見える部屋にツリーを飾る。一通りの仕度が済んだら後は静かに厳かにクリスマスを迎えるのみ。24日の夜は近所の子供達が賛美歌を歌いに各家庭を回り、人々は聖なる夜の施しを渡す。その施しは教会に集められ、クリスマスを祝えない環境の人たちへのプレゼントとなる。

          12月に入るとクリスマスパーティーが解禁だ。家族や親類を集めたクリスマス、会社の同僚たちのクリスマス・・・場面はさまざまだが、たいていの場合、ディナーパーティーは大きなテーブルに男女交互に座るようにアレンジされ、そこに無くてはならないのがクリスマスクラッカーである。


          (次号に続く)




















          | クロスカルチャー | comments(0) | - | posted by maztoya
          | 1/2 | >>