From the West to the East.〜maztoya's blog〜松任谷愛介日々彼是。

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    東北 19:03
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      駆け足の東北旅行から早1ヶ月

      これ以上ほったらかしにしては、お世話になった方々にあまりにも申し訳ない。なのに・・・伝えたいことが山ほどあるのに、なぜか文章にできない自分がいる・・・とは言い訳に過ぎない。単にグータラなだけというお粗末である。
      その朝BBCで、津波の中継映像をただただ呆然と観ていた。英国人キャスターは言葉を失い、ヘリコプターのブルブルいう音だけが無機質に流れていた。何かできることはないだろうかと模索し始め、ロンドンの音楽家たちとレクイエムを録音し、チャリティコンサートを開いた。日本でも聖路加病院や仙台の心ある方々の力を借りてコンサートを行った。集まったお金の一部を使って荒浜小学校にピアノを寄贈した。震災1年後には大鎚町(岩手県)から被災した虎舞グループに来てもらい、ロンドンの教会でオーケストラをバックに踊ってもらった。そしてその年の6月、メトロポリタンオーケストラを連れて、東北3県コンサートツアーと称して宮城、岩手、福島沿岸部を回ってコンサートツアーをした。成果はあったが、同時に関係する方々に迷惑もかけた。少々疲れた。そして、何もしなくなって5年が経った。
      ご存知の方も多いと思うが、いま沿岸部は建設ラッシュである。あらゆる場所でブルトーザーが行き交い、整地そして盛り土が行われ、その上に住宅が建ち始めたところもある。瓦礫の山は早々に片付けられ、荒地には草茂り、花が咲き、蝶が舞っている。表面的には変わった。

      しかし直後に訪れたときと何も変わっていないように感じた。

      工事が終わるまでまだ何年もかかるだろう。その後どれだけの人たちが戻り住むのだろうか。醜い防波堤ができて静かな海の景色を眺めることもできない。途切れ途切れとなった海辺の松林は美しいはずもなく、ただただ物悲しい。整地が完了したとしても懐かしい故郷の街並みは跡形もなく、綺麗なだけの新興住宅地が建ち並ぶことになるのは容易に想像できる。仮設住宅で待っている人たち、疎開して新天地で暮らしている人たち、それぞれ様々な思いがあるはずだ。復興に時間がかかり過ぎている。

      仙台郊外の荒浜小学校に立ち寄った。5年前、英国のオーケストラの仲間と訪れて以来だ。音楽の高橋陸子先生から連絡があり、建物の一般公開が始まったというので足を運んでみた。当時一年生だった子供たちも無事卒業し、荒浜小学校は名実ともに閉校となったが、震災以来使われなくなった海辺の校舎は被災した当時と同じ姿で佇んでいる。朝までかかって屋上からヘリコプターで運び出される子供たちが、救援を待ちながら見て感じた光景を思うと心が痛む。そんな子供たちも無事卒業、アルバムに元気そうに笑顔で写っていた。
      大鎚町には、痛ましい姿の庁舎が、土埃をあげて整地が進む広大な工事現場の真ん中にポツリと残っていた。多くの職員が建物のなかで犠牲になった場所である。庁舎前には慰霊碑が設置され参拝客が絶えない。供えられた花々が美しかった。壁は落ちて、窓ガラスは抜け落ちて、鉄パイプが歪み、痛々しい。これ以上思い出したくないという町民の声を受けて、庁舎建物は取り壊しされることが内定した。維持管理費用も相当額に及ぶこともあり、少なくとも町長はハンコを押したらしい。ところが最近、小学校の子供たちから町長宛に「残してほしい」という嘆願書が出たというのだ。未来ある子供たちが、将来を見据えて大鎚の街づくりを考えているという話はちょっとした感動である。ぼくのような部外者が軽はずみなことは言えないが、傷跡を将来世代に残し続けるというのは苦痛も伴うが、歴史の中で見たらとても大切なことだと思う。

      宮城・岩手・秋田の県境、くりこま高原から車で小一時間走ったところに「風の沢ミュージアム」(栗原市)がある。縁あって数年前、オーナーの杉浦節美さんと知り合い、その後ちょくちょくお邪魔するようになった。里山の中の茅葺屋根の古民家は実に居心地がよい。杉浦オーナー曰く「闇と不便」が魅力のミュージアム。来訪客もさほど多くなく、縁側で鳥のさえずりを聞きながら昼寝させてもらったこともある。最高な贅沢だ。毎年テーマを決めてアーティストの作品を展示しているが、敷地内に点在するアート鑑賞もさることながら、四季の自然に包まれて、古き良き日本を味わいながら里山を探索することがここに来ることの楽しみである。


      来年、風の沢ミュージアムで「風のオーケストラ」という企画を練っている。風が演奏家となって里山を廻る2万本のウィンドチャイムや風鈴が音楽を奏でる。東西南北、異なる風向きや強さで、音楽が変化し、里山にある鳥や虫の鳴き声、木の葉が擦れあう音と共演するというものだ。当然ながら無風のときは音がしない。それはそれでラッキー。風のない時にきた来訪者は、無音を楽しめば良い。「風のオーケストラ」は地元の伝統芸能やパフォーミングアーティストとのコラボレーションも面白いと思う。2万本のウィンドチャイムが放つ風の声を、地域の人々のみならず、沿岸部の人たちにも自然を愛でながら聴いてもらえたらどんなに素晴らしいだろう。日本全国、いや海外からも多くの来客を得て、栗原市の地域創生にも役に立てれば。そんな理想を掲げながらも、最近、肝心なコンセプトのところで立ち止まってしまい、足踏み状態が続いている。今回の東北旅行で何かを発見できる予感があった。

      さて風の沢ミュージアムに話を戻そう。杉浦オーナーは、私費を投じて風の沢に本来あるべき里山を蘇らせた。土木工事をやり直して萱を拭くのに5年の歳月を要したという。人間の営みと自然の関わりを感じるだけでなく、ここに来たらスタッフに風の沢開拓の歴史や苦労話を聞いてほしい。英国ナショナルトラストのような組織のサポートなしに、個人の情熱だけで作り上げてしまう。なかなか出来ることではない。多くの人たちに訪れて感じてもらいたいものだ。

      栗駒山の秋田県側にあう湯治場、小安峡温泉。ここに「お宿・山の抄」という温泉宿がある。実はここも杉浦さんのものだ。数年前、地の利の悪さゆえに立ち行かなくなった鄙びた温泉宿があるという話を聞き、間髪入れずに買い取ったのだそうだ。自ら陣頭指揮しての大改装工事を行い、センスの良い旅館となって生まれ変わった。杉浦さんにとって、忘れかけた文化を残し伝えるという意味で、古民家ミュージアムも古い温泉旅館もまったく同じことだ。毎日が新鮮だという。初めての接客商売。掃除や仕込み、冬には雪下ろしという大作業がある。地域に溶け込むことにも気を遣っている。

      スタッフの温かいおもてなしを受け、気持ち良い温泉に浸かり、山菜づくしの夕食。とって付けたような刺身や肉など出てこない。この時期に、ここでしか食せない採りたての山菜が味付けを変えて次々に登場し、すこぶる美味しくいただいた。有難かった。
      釜石に戻り、友人で音楽家のマサやん(大久保正人)に会った。東北3県コンサート以来だ。ギタリストだが、コンサートでは尺八を吹き、いまは琵琶にはまっているという。大鎚の実家が流されてからは釜石に移り、淡々と被災地の声を音楽にする作業に励んでいる。息子の愉伊君も、被災地をテーマとしたドキュメンタリー映像を世界に伝える活動を続けているそうだ。応援したくなった。

      風つながりである。マサやんの紹介で、大鎚町の佐々木格(いたる)さん宅を訪問した。海を見渡す高台の、綺麗に手入れされた佐々木さんのイングリッシュガーデンの片隅には、電話ボックスが置かれている。ダイヤル式の電話には線が通じていない。戻ってこない人と心の会話ができるようにと、ご自宅の庭を開放して設置したものだ。震災以来、毎日、人がやってきて、そっと受話器を握りしめて、何かを話し、そして帰っていく。「風の電話」と呼ばれるようになった。NHKドキュメンタリーを通じて有名になってしまい、いまでは被災地以外の地域からも来訪客があるという。

      風の沢ミュージアムで展示する「風のオーケストラ」を、ここでも演奏できないだろうかという下心があった。しかし佐々木さんにお目にかかり話しをしてみて、考えが変わった。電話線が要らないように、風は空気になって、感じたり伝えたり、或いは聴いたりするもの。あとから取って付けたようなアーティフィシャルなモニュメントは、佐々木さんの庭には必要ないだろう。だとすると、企画中の「風のオーケストラ」とは何なのだろうか。
      さてこの長大ブログを読み返してみて、以前に書いた風のオーケストラの企画素案がいかに弱いものだったか思い知った。明らかに力が入りすぎている。自信がないとますます力んでしまう。全面的に書き直しだ。もっと自然体になれるまで待とう。本当に必要なプロジェクトならば、機は熟し、風が吹いてくれるはずだ。

      この旅で出会った東北の人々。無欲であることが感動を呼び、結果的に価値あるものを創る。肝に銘じて次のプロジェクトに励みたい。

      | ノスタルジー | comments(0) | - | posted by maztoya
      謝罪 00:08
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        謝罪

        ・・・とは、さぞや惹き付けられるタイトルに違いない。別にここで謝るつもりはありません。日本の奇妙な現象をマジで不思議に感じるので、ブログに書き記したいだけである。

        いま日本で流行っている「謝罪」。90度(またはそれ以上)曲げて「誠に申し訳ございませんでした」というやつである。謝罪会見には欠かすことのできないアイテム。政治家も芸能人も、はたまた失敗した企業の社長さんも、メディアを前にして同じことをやって謝罪するのは、不思議を通り越して滑稽に感じる。現代版「土下座」ということなのだろうか。

        数年前のロンドンでの出来事が忘れられない。

        名古屋に本社をおく某自動車メーカーの日本から来る200人の豪華レセプションのプロデュースを依頼された。潤沢な予算を使って、自然史博物館の大恐竜の骨の前に円卓を組み、司会は庄野真代さん、アトラクションにはダブリンからリバーダンスとケルトグループを呼んで、華やかなショーを企画プロデュースした。メーカーの秒単位の厳しい注文のなか、食事は英国王室御用達のナンバー1ケータリング会社を使って、メインのアンガス牛のサーロインステーキトルネード風を中心に、最上級の料理を作ってもらうことにした。

        事件は自然史博物館のバックヤードで起きた。

        仮設の厨房で、あろうことか王室御用達のケータラーがステーキ肉を地べたに落としてしまったのだ。少なくともそんな内容の釈明を後から聞いた。肉が1枚足りなくなった。その場のとっさの判断、これが英国らしいのだが、一番優しそうなお客様のそばに行き、肉が足りなくなったのでナスで我慢してほしいと頼んだという。そのことが自動車会社に伝わり、それはそれは大変なことになった。

        アトラクションの内容も構成も、秒数も満足の行くできであったが、ステーキ肉1枚に泣いた。

        主催者と間に立った旅行代理店から大目玉を喰い、翌早朝にホテルに出向いて、バスに乗り込むご一行様全員に頭を下げまくることとなった。旅行代理店はこれでも不十分と判断して、僕に名古屋に飛んで直接謝罪するよう迫った。ケータリングの失点を除けばプラスだったはずだし、日本流減点主義にはどうも納得いかないし、僕にもプライドがあるし、初めは断固として名古屋行きを拒絶していたが、経理の人から「松任谷さん、頭を下げればお金が振り込まれるんですから、行ってくださいよ」と説得され、いやいや名古屋に向かったのである。

        そして担当の課長に直接謝罪。深々と下げた頭の中で考えていたことは、心からの謝罪であったはずはなく、この謝罪でいくらお金が戻ってくるかであった。

        真摯に謝罪されている方々を同類扱いにするつもりはないが、謝罪とは「落とし前」をつけることであり、一種のセレモニーだと感じるのである。そしてそのセレモニーなしでは終われないギャラリーがテレビやyou tubeの前にいる。本当に心から謝りたかったら、相手の目を見て、自分の言葉で気持ちを伝えることでしょう。

        それにしても最近の謝罪は少し行き過ぎていないか?

        相手が潰れるところまで見届ける悪意を感じることがある。出たクギの最後のひと叩きをして、相手を再起不能な状態に追い込むようなやり方は好かない。

        英国人だったら「そこまでして謝る必要はありません。アナタにも未来がある。もう忘れましょう」と言ってシェークハンドするのではないだろうか? 日本もオトナの社会にならなければいけない。


        | クロスカルチャー | comments(0) | - | posted by maztoya
        クリスマスクラッカーの謎(下) 16:44
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          (前号からの続き)

          謎だらけのクリスマスクラッカー


          クラッカーといっても季節の食べ物ではない。これは英国で160年に渡り親しまれている伝統的なクリスマスグッズである。

          全長30センチほどのキャンディーのお化けみたいなクラッカーは、その両端を隣の人としっかり握って、「せーの!」で勢いよく引っ張ると、独特の小気味のよい破裂音を発しながら中心部が破け、中から紙製の王冠、小さなプレゼント、そしてジョークが書かれた紙切れの3点セットが飛び出す。

          150年前、英国のケーキ職人トムスミス氏が、パチパチ燃える暖炉の火を見ながらケーキの販促品として考案したのがきっかけ。これが英国で瞬く間にブームとなり、以来クリスマスクラッカーを引っ張る習慣は英国クリスマスには無くてはならぬものとして代々受け継がれ、子供から大人までこよなく愛され続けることになる。

          12月に入ると英国では、デパート、スーパーから雑貨屋まで街中の店にクリスマスクラッカーが一斉に並ぶ。カラフルな箱が山積みとなってクリスマスデコレーションの演出に一躍買う事になる。そして待ちに待ったクリスマスパーティー。家族や親類を集めたクリスマス、会社の同僚たちのクリスマス・・・場面はさまざまだが、たいていの場合、ディナーパーティーは大きなテーブルに男女交互に座るようにアレンジされ、そこに無くてはならないのがクリスマスクラッカーなのだ。

          こんな人気商品が英国好きの日本人にほとんど知られていないのはなぜなのだろう? 調べてみたら面白いことが分った。厳しい日本の火薬法の関係で外国産の火薬入りクラッカーは輸入できないのだ。爆発物だから飛行機に乗せてお土産で運ぶことも出来ないという。なるほど面白グッズ大好きな日本人の目に留まらなかった訳だ。

          日本未進出のクラッカーだが、なんと大正11年に、しかも当時の英国皇太子エドワード・アルバート殿下によって日本上陸を果たしていた! 

          エドワード殿下といえば屈指のプレイボーイ、国王となったものの米国人女性(しかも既婚)と恋仲になり1年足らず王位を投げ出した男として有名。その殿下の日本滞在は、大正11年4月12日から5月9日までで、英国側の資料によると、渡日にあたって、当時の皇太子殿下(後の昭和天皇)へのご献上品リストの中に、クラッカーが入っていた。英国王室御用達クラッカー会社、トムスミス社による特製品で、極彩色クラッカー4本セット。日の丸の旗と巻物を持った古風な女性と蝶々が交互にクラッカーの上に鎮座しているというエキゾチックな、それでいて見る人の笑みを誘うデザイン。箱の裏面には「クラッカーの中には日本の人形、扇子、日傘、骨とう品の玩具、紙の帽子、そして日本のジョーク(英訳付き)が入っている」とある。

          ところがどういう訳か、当時の日本側の献納品リストにはこのチャーミングなクラッカーの記録が見当たらない。いったいどこへ消えてしまったのだろう。

          考えられるのは、日本側でクラッカーごときのジャンクは「とるに足らぬもの」として、あえて記録に残さなかったのか、あるいは日本に到着されたエドワード殿下が、クラッカーの上の「マダムバタフライ」の世界と現実の日本のあまりのギャップに気付いて、渡しそびれてしまったのか。事実は霧の中である。

          なぜ裕仁親王の手元に届かなかったのかと興味を持った頃、ロンドンの日本大使館筋から意外な情報が入ってきた。なんとエドワード殿下主催の晩餐会の前日、4月16日の午後に、宿泊先の帝国ホテルで出火があり、殿下の随員、従者の荷物の大半が焼失してしまったというのである。クラッカーはもしかするとその目的を達成する前に、遠い異国の地でパチパチと灰になってしまったのではなかろうか?

          洒落たセンスの持ち主エドワード殿下のこと、翌日の晩餐会では宴もたけなわになった頃を見計らって、懐からおもむろに特性クラッカーを取り出して、裕仁親王と両端を引っ張り合ってクラッカー遊びに興じ、中から出てくるユーモアたっぷりの品々を小さな贈り物とする予定だったのではないだろうか。もしそうだったならば、炎にのみ込まれてしまったクラッカーのことを、殿下はさぞお悔やみになったことだろう。

          この英国伝統のクラッカー、火事で焼かれてしまった品の他に2個、レプリカが存在している。ひとつはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で、もう一つが実は僕の目の前にある。15年ほど前、今は消滅してしまったトムスミス社の故ディグビー会長が、いつの日か日本の土を踏ませてほしいと僕に託したものだ。そのうちご子息にお返ししなければならないと、そのタイミングを待っているところだ。

          何はともあれもう直きクリスマス。24日の夕方から25日いっぱいは殆どの地下鉄の駅が閉鎖され、商店もそうそうに店終いして買い物も出来なくなる。飛行機の本数も減ってしまう。そして翌26日はボクシングデイでやはり休日だ。前日まで手紙やプレゼントを運んでくれた郵便屋さんへのお礼の休みだという。不便? 初めての年は戸惑ったが慣れれば何という事はない。古くからの習慣を守り続ける英国は、暗い冬でも居心地がいい。

          僕も仕事納めして、正月まで長〜い休みに入るのだ。


          (本稿は月刊ナイル寄稿文に加筆修正したものです)



          | クロスカルチャー | comments(0) | - | posted by maztoya
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